ロンドンと聞いて、どんなものをイメージすると思う?
 霧に覆われた街、そこに潜む様々な事件、それを解決する名探偵……。
 思考は至ってシンプルだ。しかしながら、それは案外間違っている。
 ただ一つの真実だけを直視するのではなく、いくつかの真実を俯瞰的に見ることが出来るならば、君は人の上に立つことの出来る才能を持った人物ということになるだろうね。
 もっとも、そういう人物が直ぐに見つかる訳もないのだけれど。
 ともかく、これはある少女の物語。
 霧の都ロンドンで繰り広げられる様々な事件を解決していく、少女の物語。
 ……ああ、一つ言い忘れていたよ。
 ロンドンにはもう一つ昔ながらの、けれど表には出ていない大事な物が残されていた。
 それは……魔法だ。

   ◇◇◇

 ロンドン、ヒースロー空港。
 世界第二位の国際空港として名高いその玄関口に、一人の少女が立っていた。
 その身体には似つかわしくない大きなスーツケースを傍らに、リュックを背負っている彼女は、日本の学生服――セーターの上にブレザーを羽織っていた。おまけにマフラーも巻いている。
 しかしながら、今の気温は五度を少し下回る程度。流石にその格好では肌寒い。スカートの下にスパッツや短パンでも履いていれば良かったのかもしれないが、生憎その二つはスーツケースの奥底に仕舞い込んでいて、直ぐに取り出せる状況ではない。
 携帯電話を使おうにも、海外ローミングを使うとお金がかかる。だからここでは使うことが出来ない。Wi-Fiでも持っていれば何とかなるのだろうが、そこまでお金をかけられる程、今の彼女には余裕がなかった。
「待った?」
 声をかけられて、振り返る彼女。
 そこに立っていたのは、またもやその場所には似つかわしくない、黄色いキャラクターのぬいぐるみを着た女性だった。年齢は彼女より少し上か同じ程度だろうか。いずれにせよ、それを見た彼女は、ロンドンって何だか変な土地だなと思ったりした訳だが、
「……んん? おいおい、無反応は止してくれよ。それとも、あれ? 違う人だったりする? おっかしいなあ、スマホで送られた写真通りの見た目のはずなんだけれど。名前、水沢キョウカちゃんで間違いないよね?」
「はい。そうです。私は水沢キョウカです。ということはあなたは……」
「そうそう。私はローラ・モールトゥス。まあ、詳しい話は……車の中で」
 そう言ってローラは後ろにある車を指さす。黒塗りの車で、リムジンのようだった。それは一人の学生を呼び寄せるための車にしては、あまりにも重装備のような気がした。
 しかし、キョウカはそれを疑問とは感じることなく、そのままローラの後を追いかけていくのだった。
 車の後部座席に二人が乗り込むと、前の座席に座っている運転手が一瞬後部座席を確認し、車を走らせていった。
「ようこそ、ロンドンへ。……日本からだと、かなり時間がかかるでしょう」
「大変でしたよ。日本人女性って、かなり下手に見られることが多いんですね。対応も雑にされることもありましたし……」
「あれ? うちの管轄だったからファーストクラスを使えたんじゃなかったっけ?」
 いきなり砕けた言い方をしたので、少しだけキョウカは戸惑ったが、
「いや……、そういうの苦手なので。できるだけ丁重にお断りして、エコノミークラスでここまで」
「だったら大変だったでしょ。時差だって……九時間? ぐらいあったような気がするし」
「正直眠いです。……飛行機の中でたっぷり眠ったような気はするのですが」
「あ、これこれ。読んでおいてね」
 ローラが傍らに置いてあったファイルをキョウカに手渡した。
「『魔法協会の手引き』……ですか。何とも古臭いタイトルですけど」
「そういうのは嫌い? 一応日本にも送ったと思うけど。あれ、変な目で見られなかった?」
「日本は未だ文化が根付いているので大丈夫ですよ。仮に本物だと思わなくても、コスプレやアニメ関係の書類だと思うでしょう。日本の郵便配達員は、忠実に仕事に専念することで有名ですから」
「あれ? そうなの? ほんとうはこっちみたく、偽装した名前で送った方が良いんじゃないかって提言したけど、日本担当の職員が『ジャパニーズは問題ありません』なんて言ってたけど……それのことだったのかな?」
「そうじゃないですかね」
「あれ、冷たいなあ。……もっと色々話してくれても良いんだよ? ほら、例えば日本のこととか。日本は色々大変でしょう。災害とか沢山起きるから」
「それはここだって変わらないかと。……地球に住んでる以上、自然災害は避けようがありませんよ」
「……まあ、いいや。ところで、キョウカ。『魔法協会』についてはどれぐらい知識を得てるかな?」
 ローラの問いに、キョウカは溜息を吐く。
「……既に資料は頂いてるし、それを読んでここに望んだつもりですが」
「だったら結構。まあ、細かい話は研修で話が上がるでしょ。それにしても珍しいよねえ。わざわざロンドンまで足を運んで仕事を探すって。よっぽど何か事情がなきゃ出来ないでしょ」
「それは……」
 聞かれることだというのは、彼女も承知していた。
 しかし、いざ聞かれてみると、直ぐに答えられないのが現実だった。
「……ま、いいや。とにかくこれからあなたを案内するよ。私達『魔法協会』がある、地下世界(リバースワールド)へ」
 気づけば、車は駐車場に止まっていた。
 すると車の背景が急に上にせり上がり――黒一色に染まってしまった。
 それは即ち、窓が黒塗りされたのではなく――車が地下に降りているのを表していた。
 しばらく降りていくと、やがて開けた場所に出た。
 そこに広がっていたのは、一つの街だった。
 壁はコンクリートで出来ているのだろうが、青空になっていた。どういう技術で出来ているのかは分からなかったが、太陽も出ている。
 そしてマンションや施設が建ち並ぶ中で、一番大きな施設が街の中央に聳え立っていた。
 中世時代に建てられた、石造りの城のような建物だった。
「これが、この国の魔女の拠点、『地下世界ロンドン』だよ」


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